匠塗装ブログ

プロの責任

遅くなりましたが、明けましておめでとうございます!!

本年も宜しくお願い致します。

年明け一発目の大事なブログではありますが、憤りの独り言をさせて頂きます。

もう一昨年の事になりますが、私はドリームプラン・プレゼンテーション世界大会に出場しました。
すさまじい数のエントリーから本選出場の20名に選ばれ、初めて集合かけられたのが7月の群馬県でした。 自分のパートナーや支援者は仕事の都合で誰も参加出来ず、不安一杯で群馬県まで行きました。

キラキラした凄い人達が100名以上いる中、なかなか馴染めなかった私に、1番最初に満面の笑顔で話しかけてくれたのが北海道の同期、ヤスさんと、その奥さん明美さんでした。
休憩ごとに喫煙室に向かう数少ない喫煙室でも、ヤスさんと明美さんがいたおかげで、ドリプラ仲間を本当の家族のように感じる事が出来ました。

ヤスさんは良い意味で、強烈なKYです。

年長者ですが、自分の良い所も悪い所も、何もかも正直に自己開示しながら、仲間20人を引っ張って行ってくれた同期であり、大先輩でもある大好きな仲間です。

簡単にヤスさんの夢を説明すると、北海道で食べたジンギスカンの味に感動し、お店の店長さんから信じられない衝撃の事実を知るのです。
それは、日本のジンギスカン店の99%が、輸入肉を使用していると言う事だったのです。

勿論、鮮度や味を考えれば、国産の羊を使った方が良いに決まっているのに、国産の羊肉を安定して入荷するのが現実的には不可能だと言う事と、採算が合わないというのが理由です。 それをを知ったヤスさんは、本当に美味いジンギスカン店を開店しようと、その瞬間決意し、その方法論として、何故か莫大な費用をかけて北海道で、羊牧場をスタートしたのです。 
ビックリする位の遠回りです!!

その経営は過酷を極め、採算が合わず苦戦し続けながらも 【絶対に日本1美味いジンギスカン店を創るんだ!!】 と自分と家族を言い聞かせ、何年間も夢を見続けてきました。

そしてドリプラに出場し、自分の夢と、苦戦し続けてきた経営状況を私達に包み隠さず正直に何度も何度も語ってくれました。 こんなに苦しみながらも常に前を向き続ける忍耐力と、本気さに私達仲間はどれほどの勇気を貰ったかは、はかり知れません。

ドリプラに出場した事で、その本気さは益々磨きがかかり、ジンギスカン店を開店させる為、上場企業や資産家等に毎日 毎日訪問し続け、支援を募り続けていました。
案内状やダイレクトメールは6万通を超えるといいます。
経営状況が非常に厳しい中、全財産を掛けてチャレンジし続けて来た人です。

ドリプラから丸1年経過し、ヤスさんは1年以上本気で動き続けたおかげで、数十人からの支援を得る事が出来、とうとう北海道の札幌ど真ん中に、国産羊100%のジンギスカン店 『いただきます』を昨日、1月5日にオープンする運びとなったのです!!

日本全国4000人以上の人に開店案内のニュースレターを送りました。
苦労の人 ヤスさんの苦労が報われる日を、私達仲間は今か今かとワクワクしながら見守っていました。 勿論、ドリプラ同期の同窓会も行います。

数日前、ヤスさんから電話がありました。

何と、工事発注業者にお金を持ち逃げされ、開店予定日に開店出来ない。
『 申し訳無い・・・・・・』 と言う電話でした。

正確には持ち逃げでは無く、元請け業者が着手金としてして500万以上のお金を集金しながら、下請け子会社の職人達に1円も支払わず、自分の支払いに全額使い切ってしまい、約束の日になってもお金を貰えない下請け会社が仕事をせず、頭を飛びこえ、ヤスさんの所に集金に来たと言うのです。

苦労し続け、ようやくかき集めた資金のほとんどをアッと言う間にかっさらわれたのです。

工事自体はオープン予定日の昨日の時点で、骨組みが半分出来たくらいのものだと言います。
正直に言いますが、建築業界では良くあることです。
私が大阪から神戸に移り住んだ23歳の頃、会社を立ち上げて最も苦労したのがその問題です。
阪神大震災で、自宅を失ったり崩壊寸前になった人達が、お金の無い中、生きて行く為に改築や新築を業者に依頼し、多くの人達が血と涙の結晶で出来たお金を、集金だけされて工事自体は全く着工せず、だまし取られると言う被害が阪神間で続出したらしいのです。

だから私が神戸に来た時、もちろん全ての人がそうではありませんでしたが、一般ユーザーの警戒心の強さと猜疑心の強さに驚きました。
どうすれば そんな火事場泥棒の様な事が出来るんだろう? どんな精神状態になれば、人の気持ちを踏みにじるような、極悪非道な事が出来るんだろう? と理解に苦しみました。

しかし、今現在でも建築業界では日常茶飯事に同じような事が繰り返されています。
仕事だけを無茶苦茶させられて、支払日にいなくなってしまう元請けに泣かされる業者や職人が後を絶ちません。

私は人の事をとやかく言うつもりはありません。

悔しいのは、本当の仲間であるヤスさんとその家族が私と同じ建築業者によって、地獄の底に叩き落されている時に、何も出来ない自分の無力さです。

職人ドリプラを行い、今年はリフォーム甲子園を行い、数年後には職人大学を創り、日本の建築業界や職人社会、そして世界中の子供達に、夢や希望や勇気やパワーを発信し続けたいと言いながら、目の前で建築屋にだまされた仲間がいるにも関わらず、何も出来ない自分の無力さとふがいなさに強い憤りを感じます。

今、私に出来る事は、ヤスさんは必ずお店を無事にオープンさせ、数年後には、こんな事もあったよ!!と笑い話に出来る伝説のジンギスカン店になる事を信じ、オープンした時にはお店に駆け付ける事だけです。

ヤスさんなら必ずやってくれます!!

北海道に行く機会がございましたら、伝説のジンギスカン店 『いただきます』 に是非おたちよりください!!

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